BUCK VANGUARDのレザーシースを本気で作ってみる。

ちょっと間があいてしまいました。
最近はすっかりインスタばかりで。
久しぶりの投稿はナイフのシース製作です。

話は変わりますが、先日某有名アウトドア雑誌のweb記事を見ました。
ナイフのレザーシースを作るという内容だったのですが。
これが実にひどい。
一般の方が自分用に作ってみた、という話ならいいのです。
でもプロのライターだか編集者が材料や作り方をアップする以上、
記事に対して責任があると思うのです。

ざっくり言うと、その記事の通りに作ると怪我をする可能性があります。
でも、初めて作る人はそんなことは分からない。
名の通った雑誌の記事なら信用する人もいるでしょう。

記事を書いた本人が指を切ったり足に刺さるのは勝手です。
ですが何も知らない人がその記事を参考に作って怪我をしたら最悪です。
またキャンプに行ったときに家族や友人が借りることもあるでしょう。
「怪我」と書いてますが、切れるナイフだと指を落とす可能性もあります。

ここでは正しい情報をアップしていきます。
今回作るのはBUCKのVANGUARD。
キャンプでは料理用として使用するつもりで昨年購入しました。


ナイフにはレザーシースも付属しています。
メキシコ製で、一言でいえば大量生産品。
決して良くはないのですが悪くもない、というモノです。


シース表面にはBUCKの型押しがされていました。
また内部にはPPの保護カバーがついていたり、
スナップも非常に強いものがついているなど、名門BUCKらしいシースです。
しかし、このシース僕にはちょっと気になることがあります。
それはシースから取り出すときにハンドルを握りなおさないといけない、という点。


スナップを外す前にはハンドルが半分ほどしか見えません。
そのためスナップを外しベルトを取ってからハンドルを握りなおす必要があります。
要はベルトがフリーの状態。
つまりナイフが落ちる可能性のある状態でハンドルを保持できない。
これがこのシースでもっとも気になる点なのです。


そこでナイフのハンドルを持ったまま、固定ベルトを着脱できること。
ベルトを外した状態でもナイフが不意に落ちないこと。
この2点を満足させるシースを作ってみましょう。
まずは図面を引きます。
紙にナイフの外形をトレースし、それをもとにベルトなどをつけていきます。
大切なのは重心をどこにするかということ。
重心を考えていないシースは腰に下げて歩いた時に前後に振られたり、
身体から離れたりするので歩きにくさや使いにくさに直結します。


ナイフの重心?と思われる方もいるかもしれません。
正しく作られたナイフはハンドル先端~ブレード後端あたりに重心点があります。
そこを見つけると写真のように指先にナイフを置くことができます。
これはナイフを購入するときにも注意したいポイントです。
極端な重心位置だと使用中にナイフを落とす可能性があるのです。


図面をもとに革を切り出します。
シースに使う皮革は最低でも3㎜厚。
今回は栃木レザー株式会社の皮革を使用しました。
部位はできる限り背中側を使用します。
また革は伸びる方向があるので、それも確認して最適な部位と方向を見極めます。

切り出したら下穴をあけていきます。
私の場合、ローレットという道具で等間隔のマーキングを行い、
それから菱目打ちで一つ一つ穴をあけます。
よく3本とか4本の菱目打ちを使用している人を見ます。
あれを使用すると均一な穴の大きさにならないため、わたしは使用しません。
あとドリルで丸穴をあける人がいます。
youtubeで外人さんがやっているのを真似ているのでしょうが。
ドリルで丸穴をあけると革の繊維を切ってしまい、そこから裂けていきます。
その点、菱目打ちであれば繊維を押し分けて穴を開けるので耐久性も高くなります。


下穴を開けると手縫いで塗っていきます。
まずはフィッティング用なので床面(裏側)の処理などもせず、サクサクと仕上げます。


縫い終わりました。
馴れていても10センチを縫うのに30分ほどかかります。
これは下穴をできる限り小さくしているため。
市販の菱目打ちだともっと早く縫えると思います。
しかし連続する穴は切り取り線になるので、
穴が大きいとそこから革が傷んでしまいます。


ナイフを入れてみます。
ブレードやグリップの収まり具合は非常によいので修正はなし。
ただしベルトループ、固定ベルトは要修正ですね。


いずれもミリ単位で固定位置や長さを修正します。
革の師匠の言葉で「1㎜は誤差ではない」と言われたことがあります。
これは1㎜ずれるとデザインが変わるという意味。
実際、師匠の工房では0.1㎜単位、
先をキンキンに尖らせた鉛筆の線1本の差異でデザイン修正を行います。


ちなみに固定のベルトをしていない状態でもナイフが落ちることがありません。
これはフィットしているからではなく、落ちない工夫をしているから。
フィッティングを強くするとナイフの出し入れをする際にシースが切れてしまいます。
出し入れはしやすく、それでいてナイフを保持できる。
ベルトと内部構造のダブルのセーフティがあるのが、わたしが作るシースです。


修正した型紙をつくって革を切り出します。
本体の上にある細いパーツは中子(なかご)といいます。
縫った糸に刃が当たらないようにする目的があります。
先に書いた雑誌記事ではこれが入っていないのです。
つまりナイフを押し込むと糸が切れてしまう。
するとシースを持つ手にナイフが刺さります。
シース製作をする際にありえないミスです。


中子は接着剤で本体に固定するのですが、接着力を高めるために銀面(表側)を削ります。
ヤスリで面取りをする人もいますが、わたしはガラスで行います。
ヤスリだと削りすぎ、革が薄くなるってしまうのです。
靴や鞄を作る職人からすれば基本の技法です。


シースのベルトや入り口は伸びを防ぐためにミシンでステッチを入れます。
革は使用するうちに伸びるもの。
ファッション用品などは体にフィットするのでいいのですが、
ナイフシースは伸びて緩くなると危険です。


ベルトループを本体に縫い付け、金具を固定します。
ループは手縫いで仕上げています。
手縫いだと上糸と下糸がクロスするので、一部が擦り切れてもほどけにくくなります。
また金具は真鍮無垢を使用します。
メッキだと使用するうちに剥げてみすぼらしくなります。


金具の裏側がナイフを傷つけないように当て革を貼ります。
またベルトループの糸もナイフが当たって擦り切れるので同様に革を貼ります。
当て革は擦れに強い1㎜厚の豚革を使います。


本体を縫い終えると糸の先を火で溶かして処理します。
最後にボンドなどをつけません。
これは革の内部で糸を結んでいく技法を使用しているため。
革靴で使う方法です。


これでひとまず完成しました。
あとはコバといわれる側面をフラットにしてからエッジを落とします。
さらに磨きをかけて端から水などが浸透しにくくします。
市販の溶剤でもいいですし、蜜蝋を塗りこんでもいいです。


コバの処理が終わったらオイルを塗って防水と防汚加工をします。
最初に塗るオイルは液状の浸透するタイプがいいです。
私はアメリカから取り寄せた馬具用オイルをベースに独自にミックスしたものを塗ります。


このまま数日天日干しをしてタンニングします。
何日やるかは革と日照、場所によって変化します。
神奈川で日当たりのいい場所ですと、
夏場は2~3日、冬だと半月ほどかけます。


これで完成です。
シンプルでありながら機能性にも優れています。
グリップを握ったままベルトを外すことができ、
もしベルトを外して逆さまに向けてもナイフが落ちることがありません。


裏側はこうなります。
シース先端にある線は牛が生きているときについた傷です。
革製品の味です。


大きさはBUCKのシースよりも一回り小さくなります。
ただし強度はくらべものにならないほど強くしています。
着色していない革なので使い込むと濃い飴色に変化するのも楽しさの一つです。


いかがでしょう。
真似をできること、できないことがあるかと思いますが、
これが革職人が本気で作ったレザーシースです。
もしご自身で作る際は参考にしてください。




 

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